16世紀のフランス・リヨン。グーテンベルクの活版印刷が広まってまだ百年という時代に、ある予言書が刷られた。ノストラダムスの『予言集』である。この本には厄介な事情がある。同じ年に、同じ出版者の名を冠した版が複数存在し、しかもそのうちのいくつかは、後世に作られた複製や、出所の疑わしいものが混じっている。どれが本物で、どれが誰の工房で刷られたのか——書誌学者たちは長年、これを論じてきた。
判定の手がかりは、活字そのものにある。同じ印刷工房は、同じ活字を使う。だから二つの本の活字が「同じ設計」なら、同じ工房の可能性が高い。逆に微妙に違えば、別の工房を疑う。装飾された頭文字や、ページを飾る花型の木版に残った傷の一致も、強い証拠になる。同じ木版を使い回せば、同じ位置に同じ欠けが出るからだ。
ただ、この判定が難しい。これまでは、研究者が目で見て「似ている」「違う」と判断してきた。当然ながら、専門家どうしで結論が割れる。ある学者が「同じ工房だ」と言い、別の学者が「いや別物だ」と反論する。どちらも同じ本を見て、逆の結論にたどり着く。目という道具は、優れているが、再現できない。
そこで作っているのが Seshat というソフトウェアになる。やっていることは単純だが、人間の「似ている気がする」を、誰が測っても同じ答えになる数値に置き換える試みだ。つまり、定性解析から定量解析を支援するソフトウエアだ。
面白いのは、数値が通説を揺さぶる瞬間がある。見た目の美しさや出版年から「これが正規版」とされてきた本が、活字の系統では孤立して見えたり、逆に「海賊版」とされてきた本が、本来の工房の活字に近かったり。体裁と物理的な実体が、別のことを語り出す。もちろん、数値が出たからといって即座に結論ではない。スキャンの質が結果を歪めることもあるし、数値の意味を取り違える危険も常にある。そのあたりの落とし穴と格闘する日々が、開発の大半を占めている。
詳しい中身や、実際に何が分かってきたかは、いずれ製品紹介としてあらためて書くつもりでいる。今日はこんなものを作っているという話だけ。五百年前の職人が組んだ活字に、現代の計算が問いを投げかける——そういう仕事だと思って欲しい。

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